この曲の書法の基礎は イソ・リズム法 にある。 イソ・リズム法の音楽ではリズム型だけでなく、あらかじめ与えられ対位法の 基礎になる旋律(定旋律)も 反復していくことが多いが、この曲でも二つのテノールに置かれた 定旋律となったグレゴリオ聖歌「ここは畏れ多きところ」の冒頭部分が 長く引き伸ばされて置かれ[譜例1]、曲中ではそれが4回繰り返されている。
[譜例1]
[譜例2]
この他の中世の音楽技法として ランディーニ終止 が 見られる。これは導音から主音への解決の間に第6度音を通過するというもの [譜例2]で、この曲の中世音楽らしい雰囲気はこのランディーニ終止の 多用によるところが大きい。
[譜例3]
こうした中世音楽としての側面に対し、この曲にはその後のルネサンスに つながる要素も見られる。まず三和音を用いた和声による響きの充実が あげられる。また流れるような旋律の模倣から一転して ホモフォニーとなり教皇エウジェニウスの名前を強調するところ [譜例3]など、ルネサンスらしい表現を感じさせる。
この曲はルネサンス時代の幕開けに位置付けられており、確かに3度が 多用されている。とはいえ、その使用は経過的な仕方に限られており、 完全に終止する個所での和音はすべてオクターブか5度音程のみで構成されている。 この曲を演奏する際には、この5度音をすべて純正にすることが最優先であろう。特に曲の最後の解決(ドミソ→ドソ)などは、ピタゴラス音律による 堅い長三和音を鳴らしてから純正5度に解決することによって、 はじめてその効果が得られるのではないだろうか。
また、この曲が作曲された1436年には、まだラミスによる純正調の 再整理(1482年)もされておらず、この点からもピタゴラス音律以外の 音律を考えていた可能性は低いと考えられる。
ただし、M.A.B.版の楽譜 は 4度移調されているので、 ピタゴラスコンマ は Cis-As に持ってくる必要がある。
定旋律となったグレゴリオ聖歌「ここは畏れ多きところ」の 冒頭部分は[譜例1]の通り。この聖歌はもともと献堂式のための 曲であり、この曲の性格に見事に合致している。
繰り返される定旋律の長さを整数比で表すと6:4:2:3となっているが、 この比はこの曲の捧げられた聖堂の身廊の長さ、交差部の幅、後陣の長さ、 大円蓋の高さの比と等しい。こうした一種の数遊びの傾向はバッハの時代頃まで 見受けられるが、音楽が数を扱う学問の一つだった時代の発想を感じさせる。
(宮内)
フィレンツェで初演されてることから北部イタリアと考えられがちだが エウジェニウス4世の教皇庁の聖歌隊が演奏を行っているのであることから、 南部イタリア ラテンの発音を用いるのが適切である。(新郷)