共演者もイル・セミナリオ・ムジカーレだけでなく、 通奏低音の専門団体であるトラジコメディアや、ヘレウェーヘ率いる コレギウム・ヴォカーレなどとの演奏も取り上げられている。 ヴィヴァルディ演奏でのヴァイオリン奏者ビオンディとの共演や バッハ演奏でのソプラノ歌手アニエス・メロンとの2重唱も印象的である。
レーヌといえば、それまで中性的なイメージの強かったカウンターテナーに 官能的な表現を持ち込んだ強烈な個性と表現力を持った歌手であるが、 このCDではその個性を存分に楽しむことができる。 レーヌは高い技術も持ち合わせているため、ボノチーニやカルダーラのような ヴィルトゥオーゾ的な要素を持つ曲も十分に歌いこなすのではあるが、 やはり彼の真骨頂は技術よりも表現力にあるといえるだろう。
ヘンデルの有名な《Ombra mai fu》の第一声を聴くだけでも 他の歌手とは一線を画す彼独自の繊細な表現が感じられるし、 カルダーラの小曲《Se quanto bella sei》でのチャーミングな 演奏も聴く者を魅きつける。ここに収められた演奏からは、 これまでのカウンターテナーとも女性歌手とも異なる魅力を持つ 新しいカウンターテナーの世界を感じることができる。
この個性は高く評価される反面、彼の演奏は時に「どの曲も同じように歌う」 との批判も受けることがある。確かに彼の演奏は非常に個性が強いため どの演奏を聴いても一瞬で彼の演奏と分かる。しかしこのCDを聴いていると、 彼は決して様々な曲を自分流の歌い方に引っ張り込んでいるわけではなく、 歌う曲のジャンルに応じてその曲にふさわしい表現方法を用い、 そのうえで彼独自の音楽の世界を展開させているのだということがよく分かる。
モンテヴェルディの曲の演奏一つを取り上げても、作曲者独特の装飾を ちりばめながらその独特の劇的な世界を余す所なく歌い上げており、 最後に残された歌手の自由な表現の範囲で彼の個性が輝いている。 ある意味で作曲者の才能と演奏者の才能の結び付いた理想的な演奏と 言えるのではないだろうか。
またレーヌは中世からバロックまで幅広いレパートリーを持つ歌手であり、 このCDでも冒頭に書いた通りヴァラエティを持たせた選曲を行っているのであるが、 残念ながらここに Virgin レーベルのカタログ盤であるこのCDの限界が感じられた。 どうしても選曲はイタリア・バロックが中心になり、レーヌのレパートリーの もう一つの中心であるフランス物はシャルパンティエしか収録されていない。
他のレーベルへの録音であるアンサンブル・オルガヌムでの中世音楽の演奏や レザール・フロリサン でのフランス・バロックの演奏は収録されておらず、 「これ一枚でレーヌの活動全体を見渡せる」というものにはなっていない。 これが少し残念と言えば残念と言える。
(宮内)