パレストリーナと言えばその代表的な書法は、歌詞が明確に聞き取れる 厳格かつ和声的なポリフォニー音楽である。それは旋律が流麗で和声が 充実していようとも、どこか静的な印象を感じさせる音楽になっていることが多い。しかしこの作品は少し気色が異なる。ここにはヴェネツィアで 栄えていた複合唱の要素がふんだんに取り入れられており、 リズム的にも躍動感の感じられる動きのある作品になっている。
[譜例1]
複合唱とはヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂で生まれた音楽書法である。 この大聖堂は2つのオルガンと合唱隊席が互いに向かい合うという特殊な構造を 持っており、そこに目をつけたフランドル作曲家ヴィラールトが、合唱団を 分割して互いに歌いあわせたり、時には一緒に歌わせて対比を出したり するという独自の書法を考え出したのである。今回取り上げたパレストリーナの 作品は、その冒頭部分からすでに複合唱の手法で書き進められており、 特に[譜例1]の部分などにはその効果が積極的に用いられている。
[譜例2]
この複合唱の手法の採用に伴い、この曲には全体を通じてホモフォニーの 傾向が強いが、アレルヤの部分では対照的に華やかなポリフォニーが 展開されている。そしてこのポリフォニー部にはパレストリーナらしい和声的な 配慮も見受けられる。例えばアレルヤ唱のクライマックス部分の最下声部を 抜き出してその部分に全体のコードを振ると[譜例2]の様になるが、 この声部が和声の根音をたどっているだけであることは一目瞭然である。 ポリフォニー音楽の中でのこういう処理はパレストリーナ独特のものといえるだろう。
この時代のローマのオルガンは、当然、中全音律であったと思われるが、 この曲の音響もその美学に乗っ取って作られているのが感じられる。終始三和音が鳴り響き、5度のみの和音が一度も出てこないこの曲の魅力を 引き出すのは、長3度を純正にとる中全音律しか考えられない。 終止の長三和音さえ、あえて純正の5度にせず、柔らかなうなりを持つ 中全音律の5度によって生命感のある和音にするほうがふさわしいと思われる。
冒頭の Cantus の旋律だけはフリギア旋法に乗っ取った旋律になっているが、 その後すぐに長調の音楽に変わってしまう。こうした教会旋法を意識しつつも 本質的に長短調を基本にした音楽は、パレストリーナの作品では よく見られることであるが、この時代に音組織が教会旋法から 長調短調の音楽に変わっていくことを象徴している様な現象といえる。(宮内)
彼は基本的に生涯教皇庁のお膝元である南部イタリアが活動の中心地であり、 教皇庁との結び付きも非常に強い。この曲は南部イタリア ラテンの発音で あることに異論はあるまい。(新郷)