オケゲムの音楽の一番の特徴は独特の対位法にある。それまでの対位法は 選んだ定旋律を優先的にどこかの声部に置き、その上で他の声部の音楽が 展開するという形式が多かったが、オケゲムの対位法では定旋律を用いる 楽曲でも特定のパートの優先は見られない。そしてこのキリエの最大の特徴は、 声部数が頻繁に変化する中で、3声部以上の部分と2声部の部分で 異なった種類の対位法処理をしているところにある。
[譜例1]
3声部以上による部分では、バス声部も加わった広い音域を使う中でそれぞれの パートは独自の旋律を展開していく。[譜例1]にあげたように定旋律は 最上声部に置かれているが、他の声部も全く対等な独自の旋律を持っている。 その旋律のフレーズは長く、旋律ごとに固有の抑揚を持ち、 それらが絡み合いながら全体のクライマックスを形成していく。
[譜例2]
一方、2声部による部分はほとんど音域の同じ声部同士での模倣による対位法が 展開されている。例えば第2キリエの中間部では同度によるカノンが 行なわれているが、[譜例2]にあげた第1キリエの中間部では音価を1/2に 縮小した模倣が行なわれたたりもしている([譜例2]の中で2の旋律は1の旋律の 音価を1/2にしたものとほぼ同一であることに注目)。
この2種類の対位法処理をを交え、そこにさらに声部数の変化による対比も 取り入れながら全体を緻密に構成していくところに、 対位法作曲家オケゲムの並々ならぬ手腕が伺える。
この曲は終始5度の枠組みの中で作曲されており、三和音は経過的にしか 用いられていない。この静的な5度の世界を表現するのが 最優先するべきであると考えられる。時代的にも様式的にも、ピタゴラス音律以外は考えにくい。
最上声部に置かれた定旋律はグレゴリオ聖歌であると思われるが、 もとの聖歌は判明していない。ただここで注目すべきは、定旋律の 旋法が、これ以降のルネサンスの曲にはほとんど用いられなくなった リディア旋法であることである。そしてそのリディア旋法は、ほとんどの「シ」が「シ♭」に変化した ものであり、その後この旋法が個性を失っていく過程を感じさせる。
(宮内)
作曲年代、目的ともに不明であるためこの曲の発音の特定は非常に難しい。 ここではオケゲムが3代にわってフランス宮廷に仕えてたこと、 またこの曲の書かれた年代に関して有力な説であるのがルイ11世の統治の頃で あることなどから、14世紀から15世紀末のフランス ラテンの発音を 用いるのが適切であると考える。(新郷)