最近のCDより

ヨハネ受難曲

K-ロマネスカ KICC-168〜9
\5,000
演奏者 バッハ・コレギウム・ジャパン
   Cd  鈴木雅明
   B   (イエス)多田羅迪夫
   T   (福音史家)ゲルト・テュルク
   S   鈴木美登里、栗栖由美子
   CT  米良美一、太刀川昭
   T   片野耕喜
   B   水野賢治

「待望の」と言っていいであろうバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ) のデビューCD。BCJ恒例の受難節コンサートでのライヴ録音である。

ヨハネ受難曲の演奏には常に版の問題、特にオーケストラの編成を どうするかの問題がつきまとう。 この問題の詳細についてここで触れるのは差し控えるが、 今回のBCJの演奏では、通奏低音にコントラ・ファゴットを加え、 チェンバロを使用せずリュートを採用するという編成をとっている。 これはブリュッヘンの録音やアーノンクールの新録音でも採用されている編成であり、 これからの古楽器演奏での主流になっていくであろう。 特にリュートの採用は、今回の演奏でも後半部のアリアの 繊細な表現において成功しているように思われる。

演奏については、まずゲルト・テュルクの福音史家の 水準の高さがあげられる。良く響き、安定感があり、知的でありながらその中に 劇性を感じさせる歌唱は、決して熱唱的ではないが、 この曲の緊迫感のあるドラマを大いに盛り上げている。 声にやや作ったような響きがあるが、これだけの 福音史家はそうは聴けるものではない。

またこの演奏の贅沢なところは、2曲しかないアルト・アリアで 日本を代表するカウンターテナーの2人を聴くことができるという ことである。どちらも表現力豊かであるが、特に太刀川昭 の歌唱は演奏の中に深い感動を感じさせる名唱といえよう。

興味深かったのはイエスとピラトに対するソリストの使い方である。 堂々とした威厳のある多田羅迪夫がイエスを歌い、 人間味豊かな水野賢治がピラトを歌う。 イエスは運命の受難である十字架を超然と迎え、ピラトは何とかイエスを救おうと 努力するがユダヤ人との板挟みにあって苦しむ。 この部分は他の福音書にはないヨハネ特有のドラマであり、 今回のソリストの採用は明らかにこのヨハネの性格を考慮したものと思われる。 これは指揮者である鈴木雅明の聖書に対する深い理解に基づくものであろう。

その他のソリストも概ね高水準ではあるが、テノールの片野耕喜がやや落ちる。 歌詞に対する理解、曲の解析、様式感等を押さえた好演ではあるのだが、 声そのものの支えが足りないために演奏が不安定になっている。 表現の幅を広げる意味でも、今後いっそうの技術の向上が望まれる。

合唱に関しては声楽家の集団だけあって、技術、音量、音の輝き、スタミナ 全てにおいてかなりのハイレヴェルであると言えよう。 しかし、やはり精神性について物足りなさを感じるところもある。 例えば冒頭合唱の "Herr" という単語一つを取ってみても、 「主に対する切実な呼びかけ」というよりも、 「良く響く美声による音程」に聞こえてしまう。 この合唱団の最大の課題ではないだろうか。

器楽奏者の中では、オーボエのマルセル・ポンセールと 北里孝浩のコンビが秀逸。この曲はオーボエの果たす役割が大きいだけに、 この2人の好演は光る。またいつもながらに鈴木秀美のチェロ の通奏低音もすばらしい。特にイエスの鞭打ちの場面での演奏は、 イエスの痛みが伝わってくるような熱演である。

最後になったがこのディスクを語る上でどうしても触れなければ ならないことがある。録音の悪さである。 まずバランスが悪い。特にアリアを歌う歌手たちと、 トラヴェルソの位置が非常に遠く感じる。ライヴ録音であることで マイクの数が少なかったのかもしれないがそれにしても気になる。 またテイクに関しても、ライヴ2回と別取り1つの計3回のテイクが あるようであるが、それが3者3様のノイズを持っており、 つなぎをした部分がはっきりと聴き取れる。これによって 聴いていて興醒めしてしまう個所が多い。

とにかく、今後BCJの録音を日本の古楽演奏として 世界に売り出すつもりがあるなら、もう少しクオリティの高い録音を ぜひ考えて欲しい。

(宮内)


聖夜のアカペラ 〜クリスマス・ソングの玉手箱

WM-テルデック WPCS-4687
\2,400
曲目
 ジョスカン・デ・プレ「乙女の中の乙女」
 ヴィクトリア「おお偉大なる神秘」
 伝承曲=プレトリウス版、バッハ版「甘き喜びのうちに」
 アイヴス「クリスマス・キャロル」
 他全18曲

演奏者
 シャンティクリア

古今のクリスマス曲を集めたいかにもシャンティクリアらしいアルバムである。

この団体は、古楽の演奏にしてもポピュラー曲にしても それぞれのジャンルにおいてはトップクラスにはなれそうもないが、 レパートリーの広さとプログラミングにおいて個性を見せている。

その特徴はこのアルバムにも十分現れているといえよう。 前半はルネサンスもの、後半はポピュラーや編曲ものを含む 近現代の曲を中心に構成されている。 全体を通じていかにもアメリカのグループらしい滑らかで耳触りのいい演奏である。 特に今回のアルバムは、クリスマスの雰囲気を大切にした演奏を 意識しているように思える。

その中にあってヴィクトリアの《 O Magnum Mysterium 》の演奏には疑問が残る。 この曲の魅力は、半音階で表現された劇性を表現することで引き出されるのではないかと思うのだが、 この録音での演奏のように滑らかに歌われたのでは、この曲のポテンシャルが活かされない。 しかし、かと言ってあまりアグレッシヴな表現はこのアルバムの雰囲気に合わない。 この曲は確かにクリスマス曲の名曲ではあるのだが、 このアルバムで取り上げたのは選曲ミスではないかと思う。

演奏そのものは各曲とも安心して聴ける水準を保っている。 中盤のレパートリーには気軽に現代風の雰囲気を楽しめる曲もあるし、 アルバムのクライマックスである 《 Glory to the newborn King 》というメドレーでは、 シャンティクリアの誇るスーパーベイス、 エリック・アラトーレの低音ソロを聴くことも出来る。

とにかく、これからの季節のBGMとして楽しめる一枚ではあるだろう。

(宮内)


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