ビクトリアの作品の最大の特徴、それはスペイン的な情熱に彩られた 宗教ドラマの展開である。その劇性はこの作品の中に如何なく 発揮されていると言えるだろう。
[譜例1]
冒頭部分はビクトリアの作品によくあるように2声部の対話によって始まる。 2声部の間でその模倣は忠実に行なわれるが、そこですでに半音階的な旋律が 示される[譜例1]。特に2番目の声部の ``mysterium'' での旋律の動きは、 これから起こる出来事の神秘性を強調するものと言えるだろう。
しかし実際に起こるその出来事というのはイエス・キリストの誕生である。 いかに神秘的な出来事とはいえ、これだけ喜ばしいことを迎えるのに これほど異様な雰囲気に満ちた劇性を持たせるというのは、 スペイン以外の国ではとても考えられない。
[譜例2]
[譜例3]
曲はその後もその雰囲気を保ったまま進行し、高い緊張感の中でマリアの 神秘性を強調する[譜例2]。そして最後にアレルヤの部分に入ったときに、 今までの緊張を解放したような歓喜の合唱を迎えるのである[譜例3]。 これまでの緊張感があるからこそ、この歓喜も一際感動的に聞こえるのであろう。
以上見てきたように、この曲はまさにキリストの誕生を描いた 宗教ドラマである。そして同じく劇性を好む国イタリアとは 全く異なる嗜好がそこから感じられてくる。
この曲の中にはビクトリアらしい半音階が多く現われているが、 中全音律の範囲が破綻するような音程はでてこない。 ビクトリアはオルガニストとしても有名な音楽家であったので、 中全音律を念頭に作曲をしていたと考えるのが自然だろう。
曲中にホモフォニーとなる部分は何箇所かあるが、 最も効果的なのは40〜44小節目の ``O beata Virgo'' の部分であろう。 この部分ではホモフォニーでその言葉を強調すると同時に、 最上声部と上から3番目の声部が何度も7度でぶつかることで 緊張感の高い音楽を展開して、マリアの処女性の神秘を強調している。
(宮内)
作曲年からすれば彼がイタリア留学中に書かれたものであるが、magnum の音色、 音高だけでも明らかにスペイン発音の方がしっくり来ることがわかる。 この曲は全編にわたってスペイン発音と思えるようなフレーズ進行、 和音構成を取るため16世紀以降のスペイン ラテンの発音を推奨する。(新郷)