ここでは中世・ルネサンス期の楽譜の読み方の確立に貢献した 11世紀の音楽理論家、グイド・ダレッチオの理論に基づいて説明を行う。
グイドの理論は、ヘキサコードとソルミゼーションから構成される。 グイドは、ヘキサコードの説明に特別な記号を用いているので、 最初にこの記号の意味を簡単に紹介したのち、本題に入ることにする。 なお、この記号に対する一般名称が存在しないため、ここでは、仮に、 補音符記号と名づけることにする。
グイドは、まず、グレゴリオ聖歌で使用されるすべての音符にそれぞれ1つの記号 を与えた。彼の時代の音楽は、基本的に以下の20個の音符で網羅できたので、 全部で20個の補音符記号が存在する。ここで注意すべき点は、以下の記号は各音符の上下関係のみを示しており、 隣接する音の差が確定していないことである。(つまりこの記号では、 隣接する音の差が半音なのか全音なのか識別できない。)
Γ A B C D E F G a b c d e f g aa bb cc dd ee注:``Γ''はガンマ記号。左から順に音が上昇する。
グイドは、良く知られていた聖ヨハネの イムヌス 、 ``Ut queant laxis''の 最初の6章節の冒頭がヘキサコードから構成されていることに着目し、 その冒頭の歌詞を用いた以下の階名読みを考案した。
ut re mi fa sol la 全音 全音 半音 全音 全音ヘキサコードの開始位置は、以下の6点の補音符記号のみから行えると規定される。
C,c (自然なヘキサコードと呼ばれる) F,f (やわらかいヘキサコードと呼ばれる) G,g (固いヘキサコードと呼ばれる)
補音符記号とヘキサコードから、以下のヘキサコード表が導き出される。 中世・ルネサンス期の音楽は基本的にこの音階から構成されることとなる。ただし、実際にはこの表以外のヘキサコードも用いられ、 ムジカ フィクタと呼ばれた。
Γ A B C D E F G a b c d e f g aa bb cc dd ee 1. ut re mi fa sol la 2. ut re mi fa sol la 3. ut re mi fa sol la 4. ut re mi fa sol la 5. ut re mi fa sol la 6. ut re mi fa sol la 7. ut re mi fa sol la
実際の音楽では、旋律が1つヘキサコード内に収まらないことが多いため、 1つのヘキサコードから、別のヘキサコードへと読み替える必要があった。 ヘキサコード表の1番目のヘキサコードから2番目のヘキサコードへの読み替えを 例にとると、D→E のところで sol→mi へと読み替える。ソルミゼーションとは、このようなヘキサコードの読み替えのことを指す。 この名称自体が、上記の例の読み替えの階名読み(ソル→ミ)に由来している。
中世・ルネサンス期の音楽においては、上記のヘキサコード表ですべての音が 網羅されていたわけではなかった。上記のヘキサコード表にある音だけで すまなくなった主な要因は、その時代の音楽の主流が単旋律音楽から合唱曲へ と変化したこと、および、使用する音域が広がったことである。 一般的に、上記ヘキサコード表に存在する音はムジカ レクタ、 それ以外のヘキサコード上の音をムジカ フィクタと呼ばれた。
ヘキサコードには、半音が1つしか含まれていないのが特徴である。 その特徴を生かし、ムジカ フィクタを表わす場合には、 その半音の位置を示すことによって行われた。 したがって、ムジカ フィクタの記号は、以下の2種類である。
- ♭(フラット):その音符がヘキサコード上のmiの機能を持つ
- ナチュラルもしくは♯(シャープ):その音符がヘキサコード上のfaの機能を持つ
時代が経つにしたがい、ムジカ フィクタを形成する要因も変化していくが、 ここでは、代表的なものを紹介する。(新郷)
- 全音階的旋律での4度もしくは5度の跳躍は、完全4度、完全5度でなければならない。
- 4度、5度および8度の和声は、完全4度、完全5度、完全8度でなければならない。
- 6度からオクターブに解決するカデンツの場合、その6度は長6度でなければならない。
- 3全音は、``悪魔の音程''と呼ばれ、その使用は固く禁じられた。